最近、人や組織、経営といったテーマでものごとを考えるとき、どうしても意識してしまうのが、生命の進化のプロセスだ。
生命の進化と企業の成長のプロセスはとても似ている。
進化は環境の変化によって生じる。
高い所にある植物を食べる必要性からキリンは首が伸び、
深く潜る必要性から、マッコウクジラは2000mを超える深海に軽々と潜水する力を得た。
競争の激しいサバンナや浅海での生存競争から、それぞれの種が何とか生き延びるために編み出した、生命の種が描いた処方箋だ。
企業に例えると、これはニッチ市場を狙い、その分野に徹底して特化したスキルを磨いた企業に該当する。
サバンナや浅海といった、マスマーケットで勝負はしない。地上3mを超える高木。2000mを超える深海。
競争のない世界で悠々と食事を食む生物に似ている。
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種は必要に迫られて、試行錯誤を繰り返し、長い時間をかけ、命を削りながら自らが生きる領域を定める。
企業もその生存をかけ、自らが生きる領域を決定する。この生きる領域を定めるプロセスが、戦略だ。
戦略の本質は差別化にあり、差別化とは、どのように市場をセグメンテーションし、どの領域で勝負するか定めるということに他ならない。
生きる領域を定めた後にも試練がある。
その領域の競争相手に先んじるための、商品であり、営業力だ。
競争の激しいこの世界では、商品も、営業も差別化が必要だ。
全てのニーズを満たす商品や、何でも売れる営業部隊というものは存在しない。
何を捨て、何を得るか。
どの能力を伸ばし、どの能力に関しては我慢するか。
そこにも激しい生存競争が存在する。
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戦略面で優位性を描くことが出来、差別化された市場に差別化された商品を投じることが出来たとしよう。
そこに何が生じるか。
競争がない。作れば売れる世界。
価格が適正であれば、市場が飽和するまで、商品は売れ続けるだろう。
そこに競争は存在せず、営業担当者はその役割を失い、牙を研ぐ機会を失う。
価格を高くする。という自己変革を自らに課す企業はどうだ?
抵抗にはあいつつも、商品は売れるだろう。
高価格というハードルを突きつけられることで、営業担当者も成長の機会を得る。
しかし、競合は早晩その「美味しい」市場に気付き、万難を排して、その市場に乗り出してくるだろう。新たな生存競争の始まりだ。
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皮肉なことに、厳しい世界のほうが、個は磨かれる。
厳しい環境を生き残るために、特定の能力が磨かれる(=進化する)のだ。
だから良い経営者は、自らの会社に絶えず変革を要求するのだが、現在のポジションに満足してしまう企業も多い。
差別化された市場、差別化された商品を得た企業では、「使えない」「傲慢な」営業が多くなるかも知れない。
しかし一方で、市場及び商品の差別化をはからず、営業担当者を厳しい環境にほうりこみつつ、厳しい環境の原因を自らに求めない企業や経営者も結局のところ、多い。
自己変革は痛みを伴うため、なかなか出来ない。
しかし、結局のところ変化を見越して、自ら環境変化を生み出し、自己変革(=進化)できる企業が強いんだろう。
厳しい世界(=環境)は、成長のために自ら課したものなのか。
それとも無能・無策から生まれたものなのか。
似ているようで、大きく違う。
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最期に多様性について。
生物の世界では定期的に「大絶滅」がおきる。
進化を遂げ、大絶滅から生き残るために生物が取りうる唯一の方法は多様化をはかること。
常に事前に準備し、大絶滅を引き起こす環境変化が生じたときに、その変化を生き延びうる個体を生み出しておくことだ。
組織もきっと一緒で、同じような人ばかりがいる組織よりは、多様な人が存在する(採用する)組織のほうが、変化に強いに違いない。もちろん、「生存」する意思がない人ばかりの組織であれば、多様であっても崩壊するに違いないが。
投稿日: 2007年11月25日