ちょうど1年ほど前、生命の進化と企業の成長という記事を書いた。
http://student.jobweb.jp/blog/commentIndex/member_id/8/type/blog
記事の中で、
「進化は環境の変化によって生じる。」
と書いたが、今、世界経済は未曾有の混乱期に陥っている。わずか1年で環境は激変した。まさにこれは、恐竜の世界に巨大隕石が衝突したというぐらいの衝撃ではないだろうか。
(余談だが恐竜の絶滅が隕石の衝突によるものかどうかは、まだ明らかにはなっていない。最新の研究では複合的な要因によるものと考えられているが、ここでは関係ないので割愛する。)
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金融危機の影響は企業の大小を問わず、様々な方面に起きている。当然ジョブウェブにも、その影響は出ているが、ベンチャー企業である分、ある意味この環境変化はチャンスとも感じる。変化した市場に対してうつべき手は既に決定し、そのための組織も既に組成した。
恐竜の時代に、我々の先祖が細々と生き抜いたように、「知恵」さえあれば、この環境変化は図体の小さい企業にとって大変なチャンスなのではないだろうか。環境の変化に合わせて柔軟に経営戦略を変更できる。
一方、規模の大きな企業は本当に対応変化に苦労しそうだ。日本IBMで国内1000人。ソニーが世界で1万6000人の正社員の解雇を発表したが、この正社員解雇の流れはまだまだ続くだろう。解雇は簡単ではない。今述べた2社は、退職金上乗せ分として2年分の給与を支払うとか支払わないとか。(日興コーディアルも確かそれぐらい支払う。早期退職を勧告する場合、2年分の給与を退職金として用意するのは、信頼ある大企業にとって必要な痛みなのだろう。)
大企業というのは、今までの経営環境下で「徹底的に儲かる仕組み」を創りあげてきた企業だ。恐竜が夜でも体の温かさを保つために、体がどんどん巨大化していったように。高木に生える草木を食べるために首が長大な長さとなったように、現在の環境に最適な企業体を整えたからこそ、大企業になったとも言える。
環境の変化とは、現在までの強みが弱みとなることを意味する。
自動車メーカーは、大幅な業績下降に苦しんでいる。
トヨタがくしゃみをすれば、その傘下にある1000社の子会社も風邪をひく。
それはすなわち日本が風邪をひくということだ。
業績下降が2~3年であればいい。しかし、僕は恐ろしい想像をしてしまう。
「世界は既に、これほど多くの新車を欲していないのではないか。」
ということだ。
3年に一度、車を買い換える必要があるのだろうか。
一家に3台も4台も車が必要なのだろうか。
発展途中の国であっても、必要なのは最先端の技術を盛り込んだ新車ではなく、日本では既に2束3文で扱われているような、中古車のほうがニーズが高いのではないだろうか。
そんなことを考える。
もちろん、ETCによる課金ビジネスへの展開や、衝突防止の自動運転システム、自動車開発技術のロボット技術等への横展開などを図り、生き残りと成長を遂げる。という方法もある。しかし、その方向に急激にシフトするためには、組織が大きい分、想像を絶する痛みを伴う変革となるだろう。
世界のトヨタだから、それをやりきるに違いないが。
ガソリンの価格が高騰したために、「そんなにガソリンいらないかも」ってことに消費者は気付いた。
暫く原油価格は低空飛行を続けるだろう。
景気が悪化したために、「別に新しい、家も車も服もいらないや」と思い始めた消費者もきっといることだろう。
そういう時代に必要とされるものは何か。それを考えることが明日の進化に繋がることだろう。
ただじっと身を潜めて冬が過ぎ去るのを待つだけでは決して進化はおこらない。
知恵のない、ベンチャー企業は隕石の衝突によって真っ先に潰れるだろう。
知恵のない、大手企業は、ゆっくり苦しみながら息絶えることだろう。
知恵のある、大手企業は、大きな痛みを乗り越え、新たな進化を遂げるに違いない。
知恵のある、ベンチャー企業は飛躍へのきっかけを掴むに違いない。
知恵が必要とされる時代になってきた。
割とワクワクしている自分がいる。
>「世界は既に、これほど多くの新車を欲していないのではないか。」
ちょうど、同趣旨のことをグロービスの堀さんが最新の記事で語っていました。
http://blog.globis.co.jp/hori/2008/12/2-31fe.html#more
最近、その恩恵を受けてきたはずの
経済分野でのトップクラスの方がそのトピックを
堂々と公言されるようになってきて、
だんだんと「変革の足音」を耳にするようになってきたなぁと感じています。
ビジネス視点でいえば
これまでの価値観が主流ではなくなるとすると、
「使わない」価値が増すのか、「エコ・CSR」そのものに価値が増すのか、
デザインの価値が増すのか、ホスピタリティ的なサービスの価値が増すのか。
(どれもあり得るかも知れませんし、すべて無いかも知れません。)
まだまだ拙い思考ですが、引き続き考えていこうと思っています。
消費がハードからソフトに移行していくのは間違いないだろうね。ソフトを体験するために、一部のハードにはお金を払うと思うけれども。
ソフトに消費が移行すると、必然的に「使わない価値」も「エコ・CSRの重要性」も、「デザインの価値」も「ホスピタリティの重要性」も増すだろうと思います。
20世紀型のハード重視の社会から、21世紀型のソフト重視の社会へ。
その前提のもとに考えると、矛盾無く未来を洞察できるのではないかと思います。